祭りと言えば賑やかな雰囲気があると認識している方も多いと思います。
その中で静かなまつりとして有名な『おわら風の盆』
富山県富山市八尾地区で開催されるおわら風の盆の開催期間は毎年9月1日~3日。
そんなおわら風の盆の特徴とは何でしょうか?
また、まつりの歴史や由来が気になる方も多いと思います。
本記事ではおわら風の盆の特徴や、、その歴史と由来について紹介していきます!
おわら風の盆の特徴は何?
おわら風の盆の最大の特徴といえば、静かなまつりということ。
まつりというと派手な演出のイメージがありませんか?
しかしこのまつりは・・・静かなんです。
言い換えるのであれば、静かに盆踊りを行います!
哀調あふれる、優雅で上品、そして艶やかな踊り。
みるものを虜にする魅力が、このまつりにはあります。
やっぱり
おわら風の盆はいいよねっ!
歳とった証拠なのかもだけど… pic.twitter.com/jPkDkhA7Je— とやま暮らし@富山の地域情報サイト (@toyamagurashi) September 3, 2022
唄い継がれる唄
おわらの歌詞は七・七・七・五の26文字でつくられています。
歌詞の最後の5文字の前に、必ず「オワラ」がはいっているとのこと。
これはなぜかというとおわら語源説「おわらい節」の名残り。
この他にも唄の種類があるんです。
「正調おわら(別名ひらうた)」・・・26文字のうた。
「五文字冠り」・・・正調おわらの最初に5文字をかぶせた、31文字のうた。
「字余り」・・・七・七・七の最後に5文字をつけたもの。
五文字冠りや字余りはとくに、唄い手の力量がためされるそう。
いろんな唄があるところもまつりの見どころですね♪
3つの踊り
他の民謡と同様に、おわらもはじめの頃は唄だけでした。
その後、楽器や踊りがはいり今のかたちとなったそう。
踊りは3通りあります。
「豊年踊り」・・・古くから踊られるおどり。種まきや稲刈りなどの農作業の動きを表現したおどり。
「男踊り」・・・素朴で力強さのなかにしなやかさのあるおどり。こちらも農作業の所作を表現。
「女踊り」・・・夏の河原で女性が蛍とりをしている姿を表現した、艶のあるおどり。
男踊り、女踊りともに日本舞踊の若柳吉三郎によって振りつけられました。
これらの唄や踊りにくわえ、太鼓・三味線・胡弓・囃子によって、美しく幻想的な雰囲気は出来あがっているのですね♪
おわら風の盆の歴史や由来は何?
おわら風の盆の歴史や歴史とは?
なぜそのような名称なのか?次でお伝えしていきます。
おわら風の盆の歴史
このまつりがいつから始まったのか・・・
明確な文献が残っていないため、実ははっきりしないんです。
ただ一説によると元禄ごろから歴史ははじまったそうです。
おわら節の起源として「越中婦負郡志」というものがあります。
そのなかで次のようなことが記されています。
元禄15年(1702年)3月、「町建御墨付」を八尾の人々が取りもどしたお祝いに、
三日三晩歌舞音曲無礼講の賑わいとして、町を練り歩いたのがはじまり。
しかもなんと、どんな賑わいもおとがめなし!
三日三晩をとおして三味線や太鼓、尺八なども派手に鳴らし、俗謡などを唄いながら、仮装して町を練りまわったそうです。
これをきっかけに旧暦7月15日も歌舞音曲で練りまわるように。
その後、二百十日の風の厄日に風神鎮魂を願う「風の盆」となったそうです。
この「風の盆」こそ現代の9月1日~3日のおわら風の盆へと変化したといわれています。
おわらの由来とは?
おわらの由来には所説あります。
・1800年代頃、芸達者な人々が七五調の唄をつくりました。
その唄のなかに「おわらひ(大笑い)」という言葉を差しはさんで、町内を練りまわったのが、いつしか「おわら」と唄われるようになった説。
・豊年万作を祈った「おおわら(大藁)」説。
・小原村の娘が唄いはじめたという「小原村説」
風の盆の由来とは?
こちらもじつは所説あるんです。
・富山地方では「風の盆」と呼ばれる時期があります。
それは立春から9月1日ころの時期。
この時期は台風がくる時期で、収穫前の稲が被害にあわないようにと、むかしから豊作祈願がおこなわれてきたそう。
・富山の地元では休みのことを「ぼん(盆日)」という習わしがあった。
・種まき盆・植え付け盆・雨降り盆など、「盆」という言葉に由来がある。
またまた謎が増えてしまいましたね・・・!
おわら風の盆には様々な説が語りつがれています。
美しくどこか儚く、哀調ただよう雰囲気のこのまつり。
起源も所説あるというところが、また魅力を引き立たせているようにすら感じます。
まとめ
いかがでしたでしょうか?
美しく艶やかで哀調あふれる、おわら風の盆。
灯籠に囲まれた幻想的な雰囲気のなかで、非現実的な世界を体感してみてはいかがでしょうか♪